FC2ブログ





いつ死んでもいいように・・・

■いつ死んでもいいように、マンスリー出来事を記載しておこう。使命は遠のいたかも知れないが、掛け替えのない一瞬一瞬を大切に生き、感謝しよう、、、

【10月】戦友のアドバイスに感謝! :苦楽を共有してきた戦友に、久しぶりに会うことができた。昨今の自分の辛さ、解決できない悩みを、彼に吐露した。彼が励ましてくれた言葉の中に、「全人類の苦難の歴史から見れば、自分の困難・悩みなんて、大したことない。」という言葉があった。その時は、聞き流していた。
 翌日の通勤時、空はピーカン、多摩川の大自然を見ていると、自分の空が晴れた。確かにそうだな、全人類の苦難の歴史から見れば、自分の困難・悩みなんて、大したことない、、、

【9月】4年に一度のイベント :ラグビーワールドカップが開幕した。社会人になってから学生時代の仲間と毎回、観戦しているラグビーワールドカップ。今回は、日本での開催だ!! 2015年の日本対南アフリカに続き、今回もアイルランド撃破と歴史的瞬間を、目の前で観戦できた幸せ、それを息子や友人たちと共有できた幸せに本当に感謝している。試合後に、息子がアイルランドサポートとビールまみれになりながら、ラグビーボールで戯れていたこと、ウェールズサポーターとパスコミュニケーションをしたこと何て、息子にとっては、二度と忘れない思い出だろう!!
 障害者として社会で生きることは、饒舌しがたい辛さがある。心が折れることも度々だ。でも、生きることが当たり前ではないと認識している分、その瞬間瞬間に感謝するようになった。いつ召されるか解らない分、今あることに感謝感謝、、、

【8月】屋外映画を堪能っ♪ :川崎競馬場の屋外広場で「ボヘミアンラプソディー」、調布駅前の屋外広場で「スターウォーズEPⅣ」を家族で鑑賞した。自分が小さい頃、親世代の映画を一緒に鑑賞するなんて皆無だったし、親世代の昭和30年代の映画なんて、古臭くて、面白そうと感じたことはなかった。そう考えると、親と子で、映画を楽しんで共有できるようになったことは幸せなことである。ただ、題材がもう少し、日本の文化的なものだと、もっと自分のアイデンティティや自然に感謝するだろうなぁと思う。神社の祭りや神輿、盆踊りなんかがその一つだったりするのかなぁー? まあ、多様性を認め合う魅力的な文化になるためには、それは個人個人、それぞれの価値観で、なんでもよいんだろうなー。。。雑談まで

【7月】身体障害者のラグビーコーチだっていいじゃない!! :先月の記事にも、記載したが、プライベートの活動で目標ができた。ラグビースクールでのコーチを担うことだ。身体障害者でつとまるとは思えないが、チャレンジすることにした。何か昔に忘れ去った、未知への好奇心、チャレンジ精神で心が沸き立つ。こんな思いをするのは、闘病前の10数年以来だ。いつ、身体が持たなくなるかは判らない。でも将来の不安に怯えるよりも、今を進もう、そう思えるようになった。今の境遇がどんなに辛くても、、、 

 そんな思いで、3泊4日の菅平合宿に親御コーチとしてフル参加した。ガイコツのような61㎏183㎝の男が、子供らと体をぶつける。はたから見れば、痛々しいし、ちょっと引く。でも、いいじゃない!それが等身大の自分だから。どこまで、行けるか、どこまで、続けられるか、どこまで、やれるか?全くわからない。でも、進んでいる。それでいいと思う。

 丸一日、1チーム7人の子供らを預かり、朝から午後の試合まで、面倒をみた。それぞれの強みと課題を認識させ、チームとして、一つの方向を向けるように、突貫工事でチームのなりを創った。自分の言うこと、質問に、耳を傾ける、ピュアな子供たち、前を向いて進んでいる子供たち、そんな子供たちの姿に、自分の心が洗われ、逆にいざなわれた。子供たちと一緒に、少しずつ、進んで行ければなぁーと願うのみである。

【6月】「幸せな働き方とは、、、」:6月某日、平日の就業後に、労組が主催するセミナーに参加した。セミナーの題目は「幸せな働き方とは、、、」、幸福学の第一人者である慶応大学の前野教授の話を聴講した。人々の幸せ度を調査し、幸福になるために必要な影響因子を分析した結果、4つの因子が大きな影響を及ぼすことがわかったという内容である。
①第一因子:自己実現と成長の因子(やってみよう因子)・・・夢や目標を叶えた人は幸せ、夢や目標を持っている人は幸せ、努力し成長している人は幸せ
②第二因子:つながりと感謝の因子(ありがとう因子)・・・色々なことに感謝する人は幸せ、親切で利他的な人は幸せ、多様な友人を持つ人は幸せ
③第三因子:・・・前向きと楽観の因子(なんとかなる因子)・・・自己肯定感が高い人は幸せ、楽観的でポジティブな人は幸せ、細かい事を気にしない人は幸せ
④第四因子:・・・独立と自分らしさの因子(ありのまま因子)・・・人の目を気にしすぎない人、人と比べない人は幸せ、自分らしさを持っている人は幸せ、自分のペースを守る人は幸せ
 以上、4つの因子を満たすことによって、幸せを得られるそうです。そんなの分かっちゃいるけれど、自分も含め、それができない境遇・環境に生きている人は、この中の一つでも前向きに捉えれると、見える世界が徐々に変わってくるのかな?と感じた。現に小生もプライベートの活動で目標を持ったら、学びたいと意欲がでてきたっ~!!

【5月】イーグルスカップ決勝の舞台で~♪ :5月19日・日曜、キヤノン・イーグルスカップ2019が開催された。息子が所属する麻生ラグビースクールが初の決勝進出を果たした。決勝の相手は絶対王者・R&Bラグビースクール、過去三年間の大会成績は、優勝・準優勝・優勝と名実ともに他チームを陵駕する存在だ。一方、麻生は4月から初めての強弱分けの急造チームだ。

結果は予想通り、惨敗。後半ロスタイムの段階で、0T‐9T。しかし、ここから麻生の伝説が始まった^^; スタンドには2000人超の観客、解説者の実況が会場にながれる。その観客と実況アナウンサーが「麻生!!」連呼の声援で、チームに勇気を与えた。何回当たっても跳ね返される分厚い壁。だが、ラスト・ワンプレーで全員で押しきり、トライを奪った!

試合の感想を息子に聞くと、会場の雰囲気にのまれて、声が出なかった、、、と一言。同級生の前では、決して泣かないを自負してきた息子の目には悔し涙が溢れていた。掛け替えのない経験ができたことに、ご支援下さったチームメイト・関係各位に心から感謝する。

後日談^^;、、、一週間後のスクール練習時、他学年の親御から挨拶を受けた。「先週の決勝の最後のトライ!本当に感動しました!泣きながら応援しましたよ!本当にラグビーって最高ですね!思い出しただけで泣いてきちゃう;;」本人の目が涙で溢れていたw

【5月】親子3代でしまなみ海道を走破~♪ :4月28日・日曜から5月1日・水曜までの4泊5日で、四国の今治から中国の尾道まで約80キロあるシマナミ海道を、78歳の老婆と10歳になる息子を連れて、ママチャリで走破した!!

計画を立てたのが、出発の2週間前、平日は準備に時間を費やせないので、実質1日でアウトラインを決めて、準備して出発した。我ながらよくやったなぁと。旅はいろいろなトラブルやハプリングが起きて、その旅を彩る。今回もまさにその連続であり、大変幸せであった。

オンリーワン的な自転車の調達方法も実現した。しまなみ海道はサイクリングのメッカである。2週間前の段階でレンタサイクルの予約は満杯。かつ、テント泊なので荷物を載せる荷台がある自転車が必須である。思いついた案は、今治のサイクルベースあさひで最安のママチャリを購入して、ツーリングが終了したら、リサイクルショップに売るか、レンタサイクルを運営する今治市と尾道市に寄付するかというものである。最終的には、尾道市の職員に紹介されたリサイクルショップに4000円で売ることができ、レンタサイクルした場合の費用に比べてもそんなに差がない費用で賄えた。

道中のコンディションは、GW前まで暑かったのに、GWになって上空に寒気が流入。GWの前半は寒さと雨であった。日中に降られることはなかったが、夜は初日以外、全て雨;; ツーリングに過装備は厳禁なので、極力までに装備を落としたこともあり、寒さで寝ることもできず、途中のダイソーで銀マットを買うてんまつ。

ドタバタの道中であったが、絶景をみながら、快適にツーリングできた。

今まで登ってきた甲斐がある橋からの絶景と橋を下るダウンヒルの爽快さ。島々の昔ながらの建屋の街並み、生口島しおまち商店街の景観や人情味。プライベートビーチ状態だった大浜崎チャンプ場。公衆浴場であるしまなみドームの温泉。

残念だったのが、走破が目的になってしまい、ゆったり観光を楽しみながらツーリングできなかったこと。ガイドブックを予習しているのは私だけだったので、他の参加者をうまくモチベーションづけすることに失敗してしまった。そのため、岩子島の西側にある厳島神社に寄れなかった。尾道まで残り数キロになり、疲れも心情もあっとちょっとという気持ちの所で、参加者の気持ちに厳島神社はなびかなかったのだ。まあ、縁がなかったと割り切っているが、いつか島々をゆっくりめぐってみようと後ろ髪を引かれつつ、尾道も何も観光せず、帰宅の途についた、、、

【4月】認定こども園Debut~♪ :4月1日・月曜日、次男が幼稚園型認定こども園への登園が始まった。上の姉も兄も保育園の我が家にとっても幼稚園型保育の始まりだ。

昨年、待機児童になりかけ、ようやくたどり着いたのは、保育ママ型の預かり保育。それからも、認定保育園の利用を市に申請し続けたが、空きはうまれず。親御本位の保育ママ型にも大変感謝しているが、3歳児になる今年度は、しっかりと設備のある環境で子供の養育を行いたかった。待機児童になったトラウマもあり、とにかく席が空いているうちに、その席に座りたい。そんな一心で、認定こども園という初めての選択をした。

4月末の現在、その選択は間違っていなかったと確信している。

慣らし保育もない中で、登園当初は行きたくないの毎朝であり、強制的な午睡制度もないので、午睡せずに帰宅するときは、帰宅の途中に寝てしまったり、帰宅してからも聞かん坊になり大変な日々を過ごした。しかし、保育開始から2週間位すると大分生活になれてきた。好きな先生の名前をあげたり、好きなおもちゃで遊びたい!など気持ちが前向きになり、本当に定着できるか心配していた身としては、心から安堵した。
そして、その頃から、驚嘆し始めているのは、、、たった2週間だが、本人の自立心と身体能力が向上していることである。靴や靴下、オムツ替えや着替えを自分でやろうとチャレンジするし、荷物やカバンも自分で持とうとする。さらに壁を使って逆立ちをしようと体を動かすのだ!!上の二人が保育園児の親御からすると目からうろこである。

改めて、両親がフルタイムの共稼ぎで子供の管理ができない状態の家庭には、子供自身の管理能力や規律性が向上する幼稚園型認定こども園が最適だと痛感した。13年の子育てを経験してやっとたどり着けた境地である。

まあまあ、何はともあれ、4月1日・月曜から4月26日・金曜までの20日間、全て一番のりで登園し、18時過ぎまでの保育を完投、いや完全試合を達成した次男を称賛している。

【3月】2歳4ヶ月のスキーDebut~♪ :年末年始のスキーでは、ただスキーを履いて、平面を引っ張られ、少し手漕ぎする程度の息子が、蔵王でスキーデビューを果たした。先週の3月21日から4日間、蔵王のライザワールド・スキー場に行ってきた。家族での春スキーは今回が始めて。雪を求めて蔵王までやってきた。山形県民である竹馬の友に、蔵王事情を事前リサーチし、緩斜面があるライザを選択した。その選択はもちろんだが、大正解!金曜日の平日、緩斜面ゲレンデはほぼ独占状態w、悠々自適にスキーを楽しめた。息子は、2日で合計15本程度、リフトに乗り、ゲレンデ滑走した。「すべり台(斜面のこと)、こわいけど、スキー、楽しい~♪」と息子の一言。第三子の適応力に、ただただ脱帽であった。

最終日は朝から雪。蔵王ならではのパウダースノーを体感した。宿の外気温は‐7℃。帰宅の途につき、東京に近づく程、気温は上昇。最終的に17℃になっていた。体が気温差になれていない感覚で、4日前には全く気付かなかった桜が開花しているので、夢の中にいるような不思議な感覚で東京に戻ってきた。

竹馬の友とお互いの近況をシェアし、お互い、世知辛い世の中を生きる大変さに疲弊していることを共有した。お互い、子供を3人授かった幸せ、その成長を見守れる喜びに感謝していこうとエールを送りあった。生まれた時から遊び、小中高と同じ学びやで多くの時を共有した。そんな友人がいることに、ただただ感謝である;;

東京に帰宅して数日後、改めて、スキーに行きたい?と次男に聞くと、「スキー、行きたい!パパは?」、パパも行きたいと回答すると、「じゃあ、一緒に行こうか!?」と殿様発言w~♪末恐ろしい~^^;

【2月】10年ぶりのラグビー :2019年2月16日、キヤノンラグビー部OBチームが町田にあるキヤノンスポーツパークにて、タッチフットの練習を行った。3カ月前から通知があり、それ以来、階段を一つ飛ばしで上がるように気をつけたり、普段歩く時も早歩きを心掛けた。練習当日、2月にも関わらず春の陽気に恵まれた。そして、多くのチームメート、その子供らがグランドに集合した。
 体に障害を抱え、体力なんてゼロに近い、隻眼の自分がはたしてラグビー何てできるのか?この10年、全力で走ったことさえ無いのに、、、と不安な気持ちと、みんなとまたラグビーができる感動に、気持ちが異常な程に高揚した。駐車場で車をおり、グランドに近づく、グランドでは既に到着しているメンバーがアップをしていた。近づくに連れ、涙がほとばしる。今ここにあるすべてに感謝し、大声でグランドに挨拶をした!

 練習が始まり、パスをキャッチした瞬間、体が深からしびれた。やっぱりラグビー最高と!

練習に参加した息子からも、あんなに興奮したパパは初めて見たとの一言。大興奮の一日であった。アドレナリンが分泌しすぎて、22時に就寝したものの、目を閉じても朝まで脳が寝ることはなかった、、、^^; もっとうまくなりたい!という気持ちがまさか自分の中に芽生えるとは想像すら出来なかった。そして、その気持ち、何かプライベートで目標が持てたような充実した気持ちが、この生き地獄の世の中に、一寸の光を灯したように感じた。みんなに感謝感謝です。

【1月】今、生があること :年末年始に、4人の友人知人がこの世を去った、、、本人達は、ただただ無念であったであろう。ご家族と共有できたであろう様々なことが無くなったのだ。ご家族のお気持ちをお察しすると胸が張り裂けそうな気持ちで一杯になる。
 9年前の3月、余命宣告された私が、まだこの世に生き残り、それまで元気であった先輩が突然死を迎え、後輩ががんと闘病しこの世を去った。この世は残酷だ。私は、がんになって、180度変わってしまったこの世界を呪うこともある。生き地獄だと。でも私はまだ生きているのだ。生かされているのだ。明日、関東大震災に襲われて死んでしまうかも知れないし、今夜、寝ているいる時に心臓が止まってしまうかも知れない。生と死はいつも隣り合わせだ。だからこそ、今、この瞬間、生かされている我々は、彼らの分も、生きていることに感謝し、自らの命を粗末にあつかうことなく、真摯に生きなくてはならない。彼らは生きたくても生きれなかったのだから、、、
先輩の信念である「ほどんどのことは何とかなる」とポジティブに取り組む姿勢を私は受け継いで生きて行きたいと思う。それが私の先輩への恩返しだ、、、

ただただ、ご冥福をお祈りする。またそちらで会いましょう!

↑↑↑★2019年★↑↑↑
スポンサーサイト



2018年・いついつ死んでもいいように・・・

■いつ死んでもいいように、マンスリー出来事を記載しておこう。使命は遠のいたかも知れないが、掛け替えのない一瞬一瞬を大切に生き、感謝しよう、、、

【12月】松葉杖生活の苦労:長女が落馬して馬の下に落ち、600㎏ある馬に足を踏まれた。馬場にある搬送車で運ばれ、緊急連絡を受け駆け付けた私に引き渡された。すぐに、都立小児医療センターに行き、骨折の疑いというこで、松葉杖生活になった。長時間の通学時、優先席に座っている人が譲ってくれないという憂き目に、中学生ながら世の中の世知辛さを感じつつ、大変な日々を過ごした。事故から12日経過して、病院に行って診断した医師が驚いた。あんなに重度の打撲を受けた後なのに、骨折もなく治っている。あっという間にギブスが外れたのだ。医師が娘に質問する。「なにを食べたらこんなに治りがよくなるんだ?」。娘、「おいしものをたべたらです。」 確かにこの2週間は間食せずに妻の食事をとった。内心、私は思った。私がガンになり食への考えが変わったからだなぁー♪人生万事、塞翁が馬、、、^^;
【11月】一つの選択:11月1日の早朝、幼稚園の合格発表があり、次男が無事合格した。第二子までは0歳児から小学校入学前まで保育園にお世話になったが、第三子は来年の4月から幼稚園の認定こども園に通う選択を選んだ。共稼ぎには、チャレンジブルな選択だが、近場の保育園には入れない可能性が高いので、早めに席を確保したい心情があった。偶然にもラグビーの練習もカリキュラムにあるそうで、楽しみだ。来年の4月から第三子と歩いて一緒に登下校できる日々が待ち遠しいが、先のことに浮足立たず、ただ今ある連続に感謝しようぞ!!
【10月】親を越えたできごと3 :平日の寝起き早々、妻と長男が喧嘩する。我関せずを貫き通していたが、私と次男が家を出るときに、長男が学校に行かないと言い出した。玄関にいた私は、その言葉をそのまま受け止めてしまった。「休んでも良いが、我が家にそんな奴は要らないから、家から出ていけ!」と怒号を浴びせた。その言葉を受けても、まだ平然としている長男を見て、さらに怒ってしまい、、、「稲城市から出ていって消えて無くなれ!」とあり得ない暴言を吐いてしまった。後悔したが、もう収集はつかない。長男はそのまま出て行った。次男の登園時に事情を伝えた保育ママが、次男のお迎え時に、「まだ、長男さんは家に戻って来ないんですか?もう夕方ですし、大丈夫ですかね?」と言われ、「そんなヤワじゃないんで、そう簡単には帰ってきませんよ。」と私。
結局、長女が見つけて20時前に無事帰宅した。後日、家出の経路を聞くと、我が家で一番の怒られ役の長女と心情を共有するために、会い行こうと思ったそうだ。自転車で姉が習い事で通う府中市の施設を見て回り、府中駅の駅員に姉の通う学校の最寄り駅を聞いたりしたそうだ。さすが、我が息子!やりおるなぁー! 私が小学3年生当時よりも確実に行動範囲と内容の質が高い。頭が上がりません、、、^^;
【9月】親を越えたできごと2 :妻が急用で帰宅が遅くなり、長女がご飯をつくってくれた。ありがとー♪ 以上^^;
【8月】親を越えたできごと :小一で初めて新幹線に一人で乗って名古屋まで帰省した長女。中一になった今年、初めて最寄りの駅から名古屋まで自分の力だけで帰省した。一人旅にトラブルはつきもので、それがまた旅を掛けがえのないものにする。3,4時間程度の旅でも例外ではない^^;(笑)
親が良かれと思い、現金は持たせず、Pasmoに必要な金額だけ入金し、新横浜で新幹線の乗車券を買う計画であった。しかし、大誤算!?Pasmoで、新幹線の乗車券は買えなかったのである!その第一報をきいた親は大混乱したのってなんの!LINEのコメントでしか連絡しあえず、現地の状況が不定期かつ不的確なリプライでしか把握できない。あたふたふためいて、あれやこれや提案した対処法は全てボツ!もうどうしていいか解らず苦虫を噛んでいると、、、何と新幹線の乗車券の写真がLINEにアップされたw!
解決方法は、まだ聞いていないが、よくやったと雄叫びをあげてしまった~^^;親を越えた瞬間であった。
【7月】一年前からの習慣 :「大事なことは、すでに起こってしまったことや、他人に文句を言うのではなく、自分でできることを考えて行動し、自分の人生を主体的に前向きに生きていくことだと思う。」 どこかの会長の言葉を毎朝、心で復唱して、物事に取り組んでいる。今あることに感謝し、日々、仕事に従事できるよろこびを甘受しよう♪
【6月】負け組リーマンの現状 :昨年の10月に8年ぶりのフルタイム復帰を果たし、それから半年たった本6月、8年ぶりのフルボーナース!?をいただいた。頑張った自分を金銭的にも、ほめてあげたいが、現実はそう甘くない、18年まえ新人としていただいたボーナスの時よりも少額であった、、、^^; 吾唯足知、それが今の私の等身大だ。 6月には11年ぶりに、事業部への技術報告も行った。プレゼン資料を何回も直し、プレゼンの練習も何回も行い、大学生の時のように、もう一度、やり直している。こんな私の面倒をみていただいている、回りの方々には本当に頭が上がらない、感謝感謝です♪
【5月】希少な人生の一ページ :家族みんなが新たなスタートをきったドタバタの4月が終わった。その余波をうけ、相変わらず喧騒としている当家。5月中旬から、いよいよ第三子の保育室への送り迎えを小生が担当することになった。行きは時間がないので、殺伐とした自動車通りをゆく。帰りは、稲城ゴージャスを味わいながら、帰宅する。色々な発見に気づきながら、四季折々の恵みを味わい、用水路沿いから弁天通りへ、日の出屋でボトルキープしているバナナをベンチに座りながら1本食べ、道すがら出会った人と会話し、ゆっくり帰宅する。矢野口から自宅まで徒歩10分の所を1時間かけて帰ることも・・・^^; 
 8年前、余命を宣告された時、一番の心残りが第三子だった。その第三子を授かることができ、一緒に時を共有している。これ以上贅沢なことがあるもんか!?
【4月】なにげないことが幸せ :1、卒業式を終えて春休み中の長女と、朝、最寄りの駅まで歩いた。駅まで10分の道のりだが、最初で最後なんだろうなぁと感慨にふけり、幸せを味わった。長女は習い事へ私は会社へ、ホームで電車に乗った彼女を見送った。  2、ラグビーのリコーカップで長男が世田谷ラグビースクールとの一回戦にのぞんだ。3年生になり初めての七人制の公式戦。観客が固唾をのんで見守るなか、スタンドオフとして頑張っていた長男。よくあの状況で緊張せずにプレーできるなぁと感心し、涙腺がゆるんだ。  3、次男の慣らし保育が終わり、本格的にフルタイム保育がはじまった初日に、お迎えにいった。父の顔を見るなり、一瞬泣きそうになり、その後笑顔になった、、、 みんな頑張っている。「(西郷どん風に)きばれやぁ!チェスト―!!」
【3月】雨の日も晴れの日も :第三子が待機児童になる可能性が高まった。自然豊かなこと、保育園に入れること、夫婦勤務地の中間点であることが、稲城に住まう主な理由だ。しかし、10年前とは保育園事情が変わっていた。5-FUという強い抗がん剤で廃人と化した私は、頭脛部にも障害を持ち苛酷な日々を過ごす。更には、第一子はお受験にチャレンジした。最後に、第二子は下の子にママの愛を奪われ、ひねくれたトラブルメーカーと化した。こんな状況でも、我ら家族を前に進めてくれたのは、屋台骨を支えてくれたのは、そう、ワイフだ、、、。でも、そんな極限状態は長くは続かない。ワイフも壊れる寸前だ。俗欲・煩欲にメソメソしているのも卒業だ!今、動かなくて、いつ動く!?雨の日も晴れの日も、前に進むのみだろう!?
【2月】時は、すぎていく :何とか生きてるって感じ、、、と言うか、平日は修行僧のような生活。生きれてるのに、生活・養育費を稼ぐために、残りの灯を消耗してる感じで、、、、あとで後悔するだろうなぁと思う日々。
 負け組の日々はいつも陰鬱が心が支配しているが、掛け替えのない今を少しでも感謝できるように、物事をポジティブに捉えていきたいものだ。愛する家族の成長や経験を共有できているんだから、幸せじゃないかっ!そう感謝しよう、、、
【1月】良妻のアドバイスに感謝 :平日の陰鬱さが、心を支配し、プライベートの発言や所作にも表れてきたりする。陰鬱な境遇は、人の性格を負の方向へむしばんでいく。その心情を、妻に吐露する。「今はない俗欲に嘆くよりも、今ある幸せに感謝する、、、」 心の琴線にふれた(涙) 少しでもほんの少しでも、今の幸せを噛みしめて進んでいこう。少し気がはれたような気がする。
↑↑↑★2018年★↑↑↑

2017年・いついつ死んでもいいように・・・

■いつ死んでもいいように、マンスリー出来事を記載しておこう。使命は遠のいたかも知れないが、掛け替えのない一瞬一瞬を大切に生き、感謝しよう、、、

【12月】今ある命に感謝  :12月頭から体調を崩し、月末の今も体はパッとしない。平日は朝6:30起床、会社から帰宅後は8時前後に就寝。プライベート時間など無い修行僧的な日々である。それでも体はもたない、ヘロヘロだ。何日かダウンし、会社も休んだ、、、。相対的にみた負け組社員の境遇、か細いボロボロの肉体、平日は苦行でしかないが、週末に家族と共有できる今この瞬間に感謝し、少しでも前向きに進んでいければなぁと、、、考える。何はともあれ、生きてるんだから・・・。
【11月】ぶぅふぅうぅ農園  :韮崎にある『ぶぅふぅうぅ農園』の感謝祭に参加した。久しぶりのあずさ、山の景観に、悠久の思い出にひたることができ、素敵な一日であった。自然と共生して育つ豚と鳥、全く臭くない生活環境に感嘆。感謝祭での食事はすべてが特筆すべきもので、私が特に美味と感じたのは、自然とできた巨峰の干しぶどうであった♪
ちなみに、童話『三匹の子豚』に出てくる豚の名前が、ぶぅ・ふぅ・うぅであると、初めて知ったw~
【10月】8年ぶりのフルタイム  :10月よりフルタイム勤務に戻った。なんと8年ぶりのフルタイムだ。9月には、社会人になって初めて、宿泊付で大分まで出張した。本社系エンジニア・18年目、42歳で一般職の”ありのままの現在地”だ^^;
【8月】13年ぶりのモンゴル :充実したモンゴルでの12日間が、終わりを告げようとしている。5日間で160kmを乗馬で走破した。遊牧民が野生馬を捕まえて鞍づけする所を目の当たりにし、尊厳を持ってヤギを解体し食べ尽くす経験をした。遊牧民は世界一自立した民族で偉大である。蒙古斑のある日本人のルーツがここにあることを誇りに思った。
【6月】数年ぶりの飲み会  :もうどれ位になるだろう?、、、2年?いや3年ぶりか? 久しぶりに会社帰りに飲み会に参加した。勿論、下戸の私はウーロン茶^^; 居酒屋~そば屋~バーと回った。銀座コリドー街で若者のエネルギーを貰いつつ、後ろ髪引かれながら、皆より先に帰宅の途へ。どうなるか解からない未来への欲張りだが、このメンバーでなるべく多くのRWCを今後も観戦し続けたいと切に願った。帰りの山手線で、山岳部のOB一年目の後輩に出くわしたのは、何かの不思議な縁なのかw~! とにもかくにも、一サラリーマンとして、充実した一日をおくれたことに感謝感謝♪(その後3日間はダウン状態orz)
【5月】モンテッソーリと座禅ワーク@沢井 :初めて長女が不参加、いや卒業ってことだろう。私も、たかが知れた感で、モチベ―ションが低かった。がっ、参加してみて直感した。これは、ゆるボランティアとしてライフワークになるものだと。今回は植物学ナビゲーターのもと、奥多摩の自然を満喫した。何気ない当たり前の風景に小宇宙があることを知った。
【4月】5カ月ぶりの職場復帰 :心底、職場の同僚に感謝し、この感謝を行動で示し、少しでも会社に貢献できればと思う日々。同期とは倍額以上の年収差ではあるが、それはもう致し方のないこと、分相応ってことだ、、、
【3月】いな暮らしでの憲法カフェ開催 :憲法は国民が守るものではなくて、国が暴走しないように、国が守らなければいけないものであり、人民が制定したルールだ。国民は不断の努力で、この憲法を、自分たちのために管理・メンテしなくてはならない。その大切さを知った。
【2月】長男と長女がテニススクールへ :長男の友達つながりでテニスを始めることに。中一で武三地区テニス大会で優勝した小生にはうれしい限り。稲城市のテニスコートも月に1,2回かりて練習。家族でテニスができるようになることを夢みるか、、、^^;
【1月】息子への体罰で自己嫌悪↓ :いい年の小生だが、許容範囲が狭く。躾でよくきれ、息子・娘に手を挙げてしまう。今回、ケリを入れたら、自爆し左足のコウを骨折してしまった。おれは本当にどうしようもないバカ人間だ。
【1月】年末年始は、丸沼高原でスキー三昧 :今上天皇陛下もお泊りのご経験がある加羅倉館へ、源泉かけ流し最高っ!息子もスキーに慣れ、これまた最高!
↑↑↑★2017年★↑↑↑

2016年・いついつ死んでもいいように・・・

■いつ死んでもいいように、マンスリー出来事を記載しておこう。使命は遠のいたかも知れないが、掛け替えのない一瞬一瞬を大切に生き、感謝しよう、、、

【12月】Jeepチェロキと惜別する :10年以上乗った、チェロキを手放した。上司から譲り受けた15年落ちの車だが、今なお新車状態の輝きとオンリーワンのデザインが兼ね備わっている。最近、運転時のヒヤリハットが頻発したので、これは何かのオボシメシだと思った。断腸の思いで、安全性の高いSUBARUレガシィへ乗り換えた。
【11月】甲状腺機能低下症と診断される! :前述のゲルソン療法では、普通の検診では検査しない血液データを見ながら、塩分の摂取量などを調整する。その血液データの中から、甲状腺にまつわるデータがとんでもなく異常値であった。そのため、本格的に検査した所、甲状腺機能低下症と診断され、甲状腺のホルモン剤チラーヂンを経口摂取することになった。
【10月】第三子を授かる :夫婦ともに念願であった、三人目が無事生まれてきてくれた。10月下旬から産休を取り、3月31日までの5カ月超、育児家事に専念する。掛け替えのない時間、職場の人達に感謝感謝♪
【8~10月】実践!100%ゲルソン生活の1ヵ月半 :8月下旬、氏家さんの所で、ゲルソン療法の生活を5日間体験。その後、自宅でも100%ゲルソン生活を実践した。余りにも、実践負荷が高いので、1ヵ月半でリタイア(妻に感謝感謝♪)。ゲルソンの良い所は、日々の生活に取り込む形で終焉。ゲルソンの肝は、減塩と人参ジュースとコーヒー浣腸、植物由来タンパク質(オートミール)の4点かな~♪
【8月】秋川のダイブ(飛び込み)ポイントへ :兄と娘・息子で、マス釣り、その後ダイブポイントへ。川原でマスを焼いた。来年は家族でテント泊したいものだ。掛け替えのない時間に、感謝感謝♪
【8月】小学1年の息子と初のツーリング :稲城の三沢川から多摩川を下り、東京湾まで走破した。羽田空港前にある0㎞ポストでの記念撮影。二人だけの掛け替えのない時間に、感謝感謝♪
↑↑↑★2016年★↑↑↑

ゲルソン療法の診察を受けて・・・

 先日、ゲルソン療法※の指南を受けてきました。ゲルソン療法は、マックス・ゲルソン医師※が提唱した自然治癒力を活性化させる自然療法です。

色々な食事療法を渡り歩き、現在は『ゆるビーガン』の当家。新しい世界の知見を知ろうと、門を叩いた。

初台にある診療所?に向かうと、初めに今の自分の状況を知るために、(血糖値計測と同じ、無痛簡易針で)血を数滴採取。次にその採取した血液を顕微鏡で観察し、現在の血液状況から、体の状況を推測します。そのベースにあるのは、『乾燥血液層』の概念で、下記の画像にある、LAYERED DRY BLOODにあるように、乾燥した血液は、体の状態をそのまま表現していると考えである。

私の血液の状態は、赤血球が少なく、元気がない状態とのこと、当面の処置として、ビタミンCと良質のたんぱく質を、意識的に摂取することだった。

食事療法について、氏家氏が、「食事改善ができる経済的余裕、入手の容易性、調べたり選んだりを楽しめて継続できるか? この3つが揃わないと、食事改善は難しい。」と仰ったことに、妙に納得して、帰宅の途に就いた、、、^^;

※詳しくは、下記リンクをご参照下さい~♪^^;

■URLリンク:GERSON Life(氏家氏の紹介)

■画像:『乾燥血液層』の概念図
11555.jpg


■画像:私の乾燥血液層状態
11554.jpg
プロフィール

土屋 なった

Author:土屋 なった
何事も一歩から始まる。仲間と力をあわせ、故人を慮りたい。

カテゴリ
カウンタを付けてみた^^
最新記事
月別アーカイブ

MONTHLY

最新コメント
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR